―だってしょうがないじゃない。
grape kiss
----甘い甘い、ぶどうの香り----
「え?アルバイト?」
クリフは私のいきなりの誘いに少々戸惑っていたみたいだった。
「今日デュークさんから誘われたの。良かったら一緒に…って思ったんだけど」
「…果樹園か…うん、楽しそうだね」
笑顔で答えるクリフに私も満足げに頷く。
さっそく次の日から私とクリフでアルバイトをする事になった。
仕事はいたって簡単で、収穫時となったワイン用のぶどうを刈り取っていく、と言うものだった。
悪いわねなんていうマナさんに会釈しながら果樹園へと入る。
・・・鼻に一瞬香る甘酸っぱい匂い。
手は美味しそうなぶどうをもぎながらもう秋なんだな…なんて実感する。
私がここへ来て、もう半年。
最初は草だらけだったあの牧場も大分見れる様にまでなってきたと思う。
牛も鶏もそれに自慢の愛犬だっている。
街の人ともだんだん打ち解けてきたし、それに---
ちらりと横目で見てみる。初めてやることづくしなのかとっても楽しそうに仕事をする彼。
・・・それに、クリフと一緒に居れるなんて。
(誘って良かったな。)
募る想い。
「クリフが街を出ていくらしい」
そんな噂を聞いていた私はいてもたってもいられなかった。
だから
少しは気分が変わるかなって思った。
そんな噂嘘だよねって思いたかった。
「あのね、クレアさん」
考え事中に突然話しかけられ、驚いてぶどうを落としてしまった。
「な、何?」
落としたぶどうを慌てて拾い上げる。
ここで聞き返したのが間違いだった。
まさか、私が予想していた一番最悪な展開になってしまうなんて。
「ぼく、この街を出ようと思ってたんだ」
ほら、ね。
それから私はアルバイトに行かなくなった。
マナさんには牧場の方が忙しい、と嘘をついた。
・・・本当は忙しくなんかないのに。
荒れた地面をのろのろと耕地しながら
ずっとずっと考えてた。
デュークさんのこと
マナさんのこと
自分のこと
そして―――
「38℃・・・」
・・・この年にもなって知恵熱かしらなんて考えて少し笑ってしまう。
まぁいっか。
仕事はコロボックルに頼んであるし・・・
・・・さつまいも、もうそろそろ収穫かな。
冬になる前に刈り取らないとね
ああもう秋も終わりなんだわ・・・
・・・ん?終わり・・・?
枕元のカレンダーを見る。
今日の日付の横に自分が書いたらしいメモ書きがあった。
[果樹園アルバイト最終日]
***
「デュークさん、マナさん、お世話になりました」
「おう、じゃあー」
「クリフッッ!!!」
間一髪間に合ったみたいだ。ワイナリーの前に、彼は立っていた。
久しぶりの彼の姿。なんだか少し顔が大人びたみたい。
何度も何度も練習した、彼のための言葉。
今までありがとうね。
向こうでも頑張っ―
「行かないでっっ!!!」
自分でもびっくりする位の声が出た。
あれ、違うよ。こんな事言うはずじゃないのに。
「やだよっ・・・!行かないでよっ!!」
違うってば。
全然違うじゃない。泣いちゃ駄目だってば。
涙でぐしゃぐしゃの私の顔。
慌てて出てきたから髪の毛はボサボサだし風邪で鼻水はたれてくるし、
ああ今私って凄い顔しているんだろうな。
心配そうに見ているデュークさんも慌てて出てきたマナさんの事も私の視界には入らなかった。
見えるのは、目の前の大好きな人だけ。
「行かないで・・・!いか」
泣きじゃくる私の声が遮られる。
気がつくと抱きしめられてた。
「・・・クレアさん」
クリフの胸を叩く。
嫌だ嫌だ嫌だ
居なくなるなんて嫌だ
居なくなられるなんて嫌だ
「・・・行かないでよ・・・!」
我が儘なのは分かってる
「・・・あのね」
分かってるよ
「僕は」
でも
「・・・だってしょうがないじゃない・・・好きなんだもん・・・」
・・・あ
つい出た自分の本音に自分でびっくりした。
理想と正反対の、告白。
あまりの衝撃に目の前が真っ白になる。
慌てて逃げようとするがクリフの手がしっかり私の手を握って離さない。
「はっ・・・離して・・・!」
あぁ、もう自分は何しに来たんだろう。
ここでガツンとカッコいい事言ってカッコよく見送るつもりだったのに。
「お取り込み中悪いけどよ、出ていかねぇぞ」
デュークさんの声がする。
「え」
「クリフは明日からも此処で働くんだぜ」
思わず彼の方へ向き直った。・・・笑ってる。
「デュークさんがこれからもここで働かないかって言ってくれたんだよ」
「だから、ぼくは居るから。此処に」
もう一度、今度は優しく抱きしめられた。
「・・・ほんとに?」
「・・・だってしょうがないじゃないか、
好きなんだから」
その瞬間
甘い、ぶどうの味がした。
**おまけ
鼻水が 笑